老舗の味を守り続ける「蓬来軒」
食べる
2025.10.01
今回紹介する「蓬来軒」もそのひとつ。3代目店主の三井さんから貴重な当時の写真を見せてもらいながら、お店の歴史や老舗への思いを聞いてきました。
三井 篤司
Atsushi Mitsui(蓬来軒)
1967年新潟市中央区生まれ。高校卒業後、印刷会社や広告代理店で営業を続けてきたが、36歳の時に父が急逝したことを受け、3代目店主として「蓬来軒」を継ぐ。趣味は育児と語るイクメンパパ。
当時の白黒写真が語る「蓬来軒」の歴史。
——古そうな写真が貼ってありますね。もしかして、あれが初代の「蓬来軒」ですか?
三井さん:そうです。俺の祖父が屋台で中華そばを売ったのが「蓬来軒」の始まりです。元々「日の出製麺」の先代が製麺業の傍ら屋台の中華そば屋をやってたんです。ところが製麺業1本でやっていくことになったので、知り合いだったうちの祖父に屋台を譲ったんです。屋台を譲り受けた祖父は、西堀通にあるイタリア軒の小路を入った突き当たりの角地で営業をしていたんですよ。この写真は「日の出製麺」の先代がその時撮ってくれたものらしいです。
——当時の様子がよくわかる貴重な写真ですよね。その頃のエピソードなんか聞いてますか?
三井さん:そうですねー。古町芸妓がお座敷の後に寄ることも多かったので、芸妓に会うために来る人もいたみたいですね(笑)。あとリヤカーを改造した屋台だったので風が強いと動いてしまったらしくて、そんな時はお客さんが丼を置いて動かないように押さえてくれたそうです。
——なるほど。屋台だと天候に左右されがちですよね。他にも屋台ならではの苦労ってあったんでしょうか?
三井さん:まず火力が小さいので麺を茹でるのに時間がかかってしまうんです。だから屋台でやっていた中華そば屋は茹で時間の短い細麺を使ってるんですよね。とんかつ屋の老舗「とんかつ太郎」さんも、屋台の火力ではとんかつを揚げることができないから、あらかじめ揚げてきたとんかつをタレにくぐらせて出す「タレカツ丼」を考えたんです。あと屋台では3人前以上の麺を一度にあげることができなかったから、3人組のお客さんが来ると祖父は逃げて、物陰に隠れたまま帰るのを待ってたそうです(笑)

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お客の板前や料理人に教わりながら腕を磨く。
——そもそも、おじいさんは中華そばの作り方をどうやって覚えたんですか?
三井さん:作り方の基本は屋台を譲り受ける時に「日の出製麺」の先代から教えてもらったようです。その後は屋台をやりながら腕を磨いていったんじゃないでしょうか。屋台を出していたあたりには料理屋も多かったからお客さんの中には板前や料理人がいて、料理についていろいろと教わったみたいですね。
——なるほどー。そういう意味ではいい場所で営業してたんですね。
三井さん:うちの「冷やし中華」もそんなふうに教わった料理のひとつです。料理人は修行が明けると故郷に帰るんです。ある料亭の板前が帰り際に中華そばのダシの取り方を聞いてきたから教えてあげたそうなんです。そのお礼として教わったのが「冷やし中華」の作り方だったんです。当時はそういう情報交換が頻繁におこなわれていて、お互いにスキルアップをしてたんですね。だから新潟市で昔からやってきた中華そば屋は似た感じなんですよ。
——大らかないい時代ですね。屋台から店舗営業に変わったのはどうしてなんですか?
三井さん:昭和39年に「新潟国体」が開催されたんです。全国各地から多勢の人が集まるので、景観の問題もあって屋台での営業が禁止されることになったんですよ。それでカウンターだけの小さな店舗で営業することになったんです。そのタイミングで中華料理店での修行を終えた父が店に入って「たんめん」をはじめとしたメニューが一気に増えたんです。昭和44年からは今の場所に移転して営業してきました。

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お店の味を守るために「蓬来軒」3代目を継ぐ。
——三井さんは最初からお店を継ぐつもりだったんですか?
三井さん:いいえ。高校を卒業してからコピーライターとかグラフィックデザイナーに憧れて印刷会社に就職したんです。でも営業部に回されて印刷や広告の営業をやってきました。その後も広告代理店で営業や制作の統括をやっていたんですが、俺が36歳の時、父が朝の仕込み中に倒れてそのまま亡くなってしまったんです。
——それは大変でしたね…。
三井さん:「蓬来軒」をどうするかっていう話になったんですが、母とパートさんの2人じゃお店を回せないんです。俺も迷ったんですが、自分がやらなければ店を閉めなければならないわけです。でも俺は「蓬来軒」の味が大好きだったから、その味を失くしたくないっていう思いで、お店の味を守るために3代目として「蓬来軒」を継ぐ決心をしたんです。

——そうなんですね。でも、お店の味を教えてくれる人はいたんですか?
三井さん:母から作り方を教わりました。でもメインで調理していた父から教わるのとは違いますからね…。あとは自分が記憶している味と常連のお客さんが記憶している味だけが頼りでした。最初は常連さんに100円引きでラーメンを出してたんです。味の感想を聞かせてもらって、その感想を元に手探りで味を近づけていきました。でも、しばらくするとお客さんから「昔の味と変わらない」っていってもらえるようになって、自信を持つことができましたね。
——お母さんと常連さんに味を学んだって感じですね。ラーメンを作る時に気をつけていることってあるんですか?
三井さん:元々火力が弱い屋台での調理を想定した細麺だから、茹で時間が30秒前後と短いんですよ。だから一番美味しい状態で麺をあげるように気をつけてます。あと麺の湯切りをしっかりやらないと、繊細なあっさりスープが味の影響を受けやすいんです。

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祖父や父が築いてきた常連さんとの絆。
——そういえば「ミシュランガイド」に「ミシュランプレート」として掲載されたんですよね。おめでとうございます!
三井さん:ありがとうございます。おかげさまで新型コロナウイルス感染症の影響に負けず、8月の売上げが前年を上回ることができました。

——「ミシュランガイド」の影響、恐るべしですね。
三井さん:でも、それだけじゃないかもしれません。掲載前は新型コロナウイルス感染症の影響で売上げは落ち込みましたが、うちの店は2割減くらいで済んだんです。これも通い続けてくれている常連さんのおかげだと思ってます。それも祖父や父が築いてきてくれたものだと思うし、今後は僕が築いていけたらと思ってます。

屋台の頃から続いてきた大好きな味をなくしたくないという思いで、実家の「蓬来軒」を継いだ三井さん。当初は味を再現するのに試行錯誤したそうですが、今では長い歴史の中で培ってきた常連の人たちに助けられていると語ってくれました。これからも老舗の味を守り続けてください。
蓬来軒
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